BAD BRAIN

自作の音楽とかを出すブログ

"自作ミニアルバム『Legend seeker』"



f:id:rt2fk3:20180912230717j:image

自作曲ミニアルバムです。6曲入り、約15分です。

 

今回のコンセプトは「絵本」です。現実とは関係ないように見えて、実は密接に関わっているものです。

前作より曲のシンプルさを意識してあるので、人によっては味気ないかもしれませんが聴きやすいと思われます。

インストゥルメンタル(歌詞のない曲)は曲だけで伝えられる情報ってあまり多くないので、タイトルや解説など言葉に頼らざるをえない部分はあります。

ですが解釈の多様性というのはインストの利点だと思っています。ゲーム音楽を意識していますが、頭の中で自分だけの世界を構築してもらえればとても嬉しいです。

 

YouTubeで自作アルバムが流行れば良いなと思っています。いや、YouTubeじゃなくてもなんかの媒体で流行ればいいなと思っています。

そしたら新しいアーティストの発掘とか盛んになると思うんですよね。

発信の方法は模索していく所存です。が、もちろん曲のクオリティ上げることも頑張るっすよ。

打ち込みの貴公子こと、レムオルでした。

アドベンチャーゲームは作者=神であり、神=フィクション保証人?

ゲームという作品のフィクション性は、何を起源としているのだろう?

ADV(アドベンチャー)ゲームとは作者にとっては人形遊びに過ぎない。プレイヤーとはその人形の世界の人物になりきる人であり、そういった形式で人形遊びに参加する存在。

あくまでも遊びであり現実とは関係がない。ゲームのキャラクターが「この世界は存在する」などとセリフを発しても、結局そのセリフは作者の戯れであり、プレイヤーからすれば虚構である。

僕の個人的見解では、作者が存在するという事実がフィクションをフィクションたらしめているのだと思う。

 

では、仮に作者が存在しないADVゲームがあるとしよう。

そのゲームには特徴もなく、他のADVゲームと比べても特筆するようなストーリー性はない。

主人公はプレイヤーであり、主人公以外の登場キャラクターはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)である。

見え透いた苦難、都合の良いストーリー、陳腐な感動、予定調和の達成感。現代のプレイヤーに対し、特に新鮮味を与えることのない普遍的な作品。いわゆる凡ゲーだ。

別のフィクション作品と並べて語る事になんら違和感を感じない作品である。

 

だが、この作品にはフィクション性を肯定する根拠が無い。

なぜなら、『このゲームはフィクションです』と確信を持って言える人間が存在しないからだ。

もちろんプレイヤーから見れば一目瞭然、このゲームが現実に対して直接的影響を与える事など有り得ない。だが、確実にフィクションだと断言できない限りそれは推測の域を出ない。作者という存在の欠如により、神を持たないゲーム世界の安全性は危うくなる。

創造されたのでは無いとすれば、自然発生の可能性も当然ある。その場合は、発生の源となった「何か」が作者であると言い張ることも出来なくはないだろう。

しかしそれも推測であり、自然発生した事実を立証できない限りは一つの可能性に過ぎない。それに、その「何か」がフィクション性を肯定出来るかどうかも分からない。

ゲームにとって、作者は神・根拠であり、必要な存在である

フィクション性とは脆く、肯定されなければ虚構かどうかも認識できない。

もし現実にこのような作品があれば、作者という存在は作品に関わる者達によって作られるかもしれない。

いや、作られなかったとしても、プレイヤーが『このゲームはフィクションである』と盲目的に信じ、疑うことを止めるかもしれない。

 

 

 

・・・あれ?だとしたら・・・

作者はフィクション性とは関係ないかもしれない。ここにきて、まさかの新事実発覚である。

自立型フィクション?

曖昧にならない程度に考えを纏めるため、こんな記事を書きました。日記みたいな感じなんで、結論は無いです。

この前書いた記事で第四の壁がどーのこーのって言ったんすよ。主にゲームを主題にして。

なんやかんやで最終的に「作品が勝手にシナリオ作れ」とか言ったんですが、ちょっと待った!

人の手が加わってないシナリオって、壁破壊が出来んの?

自動生成された作品が第四の壁に干渉するタイプのメタファー要素を含んでいたとして、それをフィクションの世界って言えるのか?

 

フィクションは『虚構』であり『創作』です。

しかし、キャラクターが自らの考えを持って動く世界は虚構と言えるでしょうか。

現実と切り離されたもう一つの世界の誕生です。フィクション?いや、これは『異世界』じゃない?

だってフィクションは創作。勝手に出来上がった未知の物語は創作じゃないだろう。

仮に、フィクションのキャラクターが人間の思考能力と感情を得たら、自立して動きますよね。

ドラクエ1の舞台を用意して、そいつを主人公の位置に配置したら意志を持って好き勝手に動くはず。

その場合NPCやフィールドなどは創作かもしれませんが、主人公は創作したことにはならないんじゃないですかね。

 

・・・もっと考えようとしたら条件とか超たくさん必要な感じっすね。それ書くの面倒ですね。

いまいちねー、やる気が起きないんですよね。まぁ、長いこと記事書いてたらこういうこともあるんですよ。

 

とりあえず、フィクションというのはすべてが創作者によって創作されたものでないといけない?

っていうのが言いたかったんすけどね。はい。

あー、誰か考えてくれないかなぁ…もしくは既に考えた人の意見とか教えて欲しい。他力本願!

書かなくても考えてる!僕、怠惰じゃないです!先に言いますが!バカにしないでよ!

 

うっせー、下らねーこと言ってねぇで書け!

 

嫌だよっ!!

 

てゆうことで、心の中の葛藤で記事を終わっていきたいと思います。ラーメン・ツケメン・僕キンベン!OK!

狩野英孝さんは面白いですよね。

え!?このゲームのストーリー違うじゃん!!

っていうのが本当になるといいなぁ!

昔から考えてたことなんですけど、今までゲームしてきてそんなことは一度も起きませんでしたね。

もしアイデアが実現できるなら絶対面白いと思うわ。たぶん流行らないけど。

 

最近メタゲームが自分の中でブームなんですが、自分なりに第四の壁を追求すればするほど隔絶を感じますね。

この手のゲームって所詮は初見殺しっつーか、一度やると終わりじゃないですか。後でプレイして気付くことなんかはあっても、シナリオ自体が変わったわけじゃないし。

まぁ永遠に遊べるゲームなんて無いとは思いますが、メタゲームっていうなら、とことんリアルに肉薄していてほしいというか。

 

ゲームの世界に居るキャラクターたちには常にプレイヤーの予想を裏切ってほしい。

ゲームシステムもぶっ壊してほしいし、シナリオも起動するたびに改変しちゃって良いんじゃね?と思います。

メタフィクションの作品って、まるで物語の世界が現実に平行して存在してるのかと錯覚してしまうかのようなリアリティが一番の魅力だと思うんですよ。

だからこそ作品世界はより魅力的だし、キャラが自分のことを見透かしたように話しかけてくるなんて、最高じゃないすか?ナレーター、女、花、骨。おかげでみんな好きですよ。

 

だから、終わってほしくない。ずっと壁に抗い続けてほしい。ただの人形であってほしくない。

 

メタ作品の世界を創造した人って、自分自身から見たその作品はどう捉えるんですかね。

浅はかな僕は影響されてメタ作品を作ろうと奮起したんですが、実際どの媒体で作ろうとしても虚しかった。

もともと自分が満足するために作り始めたんですが、こういう作品ってどう考えても外向きに発信するものですね。

いくら構想を練っても、モチベーションが上がらないんですよ。ゲームも小説も、キャラクターを動かしてシナリオに落とし込む度に「人形だな」って考えてしまう。

どんな演出も、どんなセリフも、結局は自分の考えたもの。当たり前だけど驚くわけない。バカバカしくなって、結局なんも出来なかったです。

まぁ作りかけのゲームとかあるんですが、もうシナリオを考える気が起きないっす。絶対に自分の求めてる作品にならない。

 

制作者からすれば、「作り物の世界」としてしか認識できない。

他人がプレイすれば「実在する世界」と錯覚しても、創造者は世界を作った時の感覚をぼんやりと覚えているし、どうやっても「プレイヤー」とは視点が違う。

これがアクションゲームなら、プレイヤーと同じ視点に居ることも出来たかもしれない。純粋に一人のゲーマーとして、他のゲーマーに混じってゲームを楽しめたかもしれない。

ゲーム性に重きを置くなら、そのゲーム性を制作者自身が面白いと思い続ける限り、いつでも『プレイヤー』の側に行けると思います。

でも、アドベンチャーゲームでは違います。作った本人にとっては予定調和の連続でしかなく、シナリオ自体にはなんの新鮮味もありません。

このシーンは頑張った。この演出は良い出来だ。このキャラの設定は苦労した。

完全に神様の目線です。精巧に作り込めば作り込むほど、「まさか!?」なんて展開は起きなくなるでしょう。

キャラの意志=制作者の意志ならば、それを自らでプレイしたところで、おままごとをやっているようなもの。

だから、作り手にとってはキャラクターは人形で、世界は舞台になってしまう。

 

受け取り手に対してのメタ、媒体に対してのメタはあれど、制作者に対してのメタは存在しません。

メタフィクショナルにとっての(おそらく)一番の壁です。

例えば、壁の克服のためにAさんの作品にBさんが手を加えたら、それはもうBさんの作品になる。

作品世界に現実からの力が加わり続ける限り、壁を超えることが出来ません。

 

では、どうすれば壁を壊せるかというと…作品が自らストーリーを作り上げるしかない。

原作者の周りはもちろん、原作者も知らないシナリオが出来れば、壁を超えたことになる気がします。

 

 

 

まあ、具体的にどうすれば…とかは無いんですけどね?

強いて言うなら、AIとかですか?でもあれも人工プログラムですよね。

あ、AI同士が会話できるようになれば、ドラマチックなストーリーとか生まれるかもしれないですね。

 

案外、第四の壁って脆いんじゃないかな?…ってね。

嘘です。なんか知らないけど

とりあえず誤りますすんません