BAD BRAIN

自作の音楽とかを出すブログ

ゲームにおけるキャラクターとバグとプレイヤーの関係

RPGにおいて、プレイヤーが操作するキャラクターとコンピューターの制御下に置かれたキャラクターは交われない。

ゲーム中で特定の動きをしたプレイヤーに対してはリアクションを返す。が、想定外・観測範囲外の行動には対応できない。

いわば「からくり人形」だ、それに人間性を求めるのは馬鹿げたことなのだろう。RPGとは作り物である。故に、作られていない細部の情報をNPCが自力で獲得することは不可能だ。

しかしRPGにおいてプレイヤーは少なからずリアリティを求めている。架空の世界にドラマを求め、その願いを忠実に叶えてくれるNPC…人間よりも人間らしい虚構の存在を。

そこでシナリオが必要になる。シナリオを丁寧になぞることで、不測の事態を回避しながら感情や意識(のように見える演出)を人形に持たせているのだ。

シナリオの安全性・メリットとデメリット

しかし、シナリオゲームには問題点もある。

ゲームはデータの積み重なり、すなわち数値の羅列。配列が初期値にリセットされれば「はじめから」。

しかしシナリオは一つだけ。一度体験したドラマは新鮮味なく、最初の感動は味わうことが出来ない。以前よりも熱は籠もらず、登場人物の性格、身の上、果ては未来の行動すら知っているため俯瞰して見てしまう。

別のドラマに変えようにも、キャラは自分の思うように動いてはくれない。いや、ある程度はこちらの意志を汲み取るが、その選択肢はレールから脱線しない程度のものであり、既知より逸脱したエンドにはたどり着かない。

 

「作られた脚本」は整備された一本の道のようだ。標識や看板が歩き方を教えてくれて、時間さえかければ必ずゴールにたどり着き感動を味わえる。だが横道は許されず、ガードレールより先には強力な数値の結界が張られている。

未知の領域『バグ』

もし超えようものなら「バグ」という荒野が姿を現す。この区域に足を踏み入れることは大変危険で、よっぽどいい加減な整備士でない限りは最大限侵入されないようにしておく場所だ。一度でも侵入を許せば、最悪の場合は元の道に二度と帰せなくなる。

しかしガードというものは強力には出来るが完璧には出来ない。荒野という未知の領域が存在している以上、人はそこに踏み入ることを諦めない。

プレイヤーは身勝手で、本来自分を守るために丁寧に張り巡らされた結界をわざわざ壊そうとする。その原動力は「新たな景色への期待」であり、そんな欲望に従う生物に躊躇は一切ない。

荒野を見た者は色んな感情を抱くことだろう。恐れ、戸惑い、不安…期待、喜び、快楽。そう、驚くべきことに人はこの不気味な荒野にすら可能性を見出す。荒ぶるイベントの竜巻、揺らめくグラフィックの蜃気楼、正気を失ったキャラクターのギャング、制御不能なその全てを希望と認識してしまえるのだ。

そして希望に向かう者は荒野に新たな道を作ろうとする。下手をすれば壊れたガードレールの間をすり抜けてギャングや竜巻が整備された領域を荒らし、世界を壊すかもしれないとしても。

ガードの敷かれていないその道の歩き方を有志で共有し、さらに発展させながら、いずれ立派な一本道を作り上げる。その道は荒々しく、整備された道と比べるととても歪だ。だが野性的で文明的なその構造は滑稽で魅力的である。

ゲームとプレイヤー

領域を荒らす時、プレイヤーに罪悪感はまず無い。なぜなら自分のこと以外興味が無いから。一度は心を預けたはずの景色でさえ、飽きてしまえばどうなろうが知ったことではない。

しかし、これに関してはゲーム側がそのように思考を誘導をしたとも言える。

ゲームはいつだってプレイヤーを中心に回る。これはプレイヤー自らが主人公であると認識させるためだ。プレイヤーの意志一つで世界を救えるし、病気の村人を助けるのも助けないのも自分の判断次第である。そして、その判断全てをゲーム側は許容する。そうして「自分だけの物語」に没入させる。

それ故にバグを利用するという行為も決断の一つであり、許されるべきだとプレイヤーは無意識に考える。

この考え方はある意味ではゲームの思惑通りと言えると思う。実際、バグを発生させてゲームをメチャクチャにしたところでNPCに叱られることはない。というよりも、ゲーム内には叱る権利・能力を持った者が存在しないのだ。NPCは荒らされた世界を認識できずに滑稽な演技を続ける。それを見てプレイヤーは笑い転げるだろう。

NPCには心が無い?

可愛い少女の姿だったキャラクターが醜悪な魔物のキャラクターになったり、本来なら戦闘で助けになってくれるはずの味方がプレイヤー陣営に直接ダメージを与えたり…NPC達はバグによって与えられた役割を全う出来なくなる。

ここまでコケにされてもNPCは怒らない。

もし僕がNPCなら腹が立つし、絶望するし、プレイヤーや創造者を憎むと思う。しかしNPCは僕ではない…人間ではないので健気に劇を続けようとする。なぜか?それはリアクションがプログラムされていないからだ。

最後に

こうして考えると、やはりプレイヤーとNPCの決定的な違いは意志の有無なのだろう。

もしかすると、ゲームにおけるNPCの役割の本質は『演じること』でなく『遊ばれる』ことなのかもしれない。その場合の愛され方はキャラクターとしてではなくオモチャとしてだが、トイストーリー的に言えば本望なのかもしれない。

僕は二次元を愛でるのが大好きな人間なので、愛するキャラクターが雑な扱われ方をするのは不本意である。おもちゃ扱いなんてされたらどうしても不機嫌になってしまう。

でもなんだかんだ言ってもバグで遊んだ事は普通にある。だからバグの楽しさを知ってしまっているし、あんまり言えない。ただRPGに感動してきた身としては、キャラクターは大事にしてほしい。

NPCにとっては架空の世界こそが現実であり、プレイヤーはその世界の一端に触れる存在だと僕は信じたい。

 

(改めて文章にすると狂人みたいなこと言ってるな)

 

言いたいこととか纏まってないかもしれないが、とりあえずこれで記事を終わろうと思う。読んでくれてありがとう。